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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4383号 判決 1997年8月28日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  ただし、請求の趣旨の補正により、原判決主文第一項を次のとおり変更する。

三  控訴人は、平成七年一月二六日付け文化庁第一四六五〇号で登録された別紙記載の著作物(ただし、中心部の円の色が赤色のもの。)の実名登録の抹消登録手続をせよ。

四  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1及び5(本件著作物の創作者、控訴人著作物との同一性)について

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  フジサンケイグループは、被控訴人、株式会社産業経済新聞社、株式会社ニッポン放送を中心とした企業集団であるところ、昭和五九年一二月、グループのCI(コーポレート・アイデンティティ)確立に向けて、シンボルマークを制作することを計画した。

シンボルマークは、昭和六〇年七月のフジサンケイグループ会議の鹿内春雄議長の就任に合わせて制作する計画であり、シンボルマーク制作のため、フジサンケイグループ会議事務局に松本局長を中心として五名のメンバーが集まり、検討を重ねた結果、シンボルマークは「フジサンケイグループはメディア文化の覇権を目指す戦闘集団である」とのグループのスローガンをビジュアル化することであり、期間的にも予算的にも制約がある中で、数人のアーティストによる指名コンペティション形式で制作することが決まった。なお、シンボルマークの制作は、部外者による不必要な関与を避け、グループのシンボルを突然発表することによる衝撃的な効果をあげるため、七月まではフジサンケイグループのトップシークレットであった。

指名コンペの候補者としては、数人のアーティストの名前が残ったが、各アーティストとの間で納期や金額等の諸条件を交渉した結果、昭和六〇年二月下旬、イラストレーターの吉田、グラフィックデザイナーである福田繁雄、フジサンケイグループのデザインセクションである株式会社ニッポン・プランニング・センターが指名コンペに参加することとなり、同年三月一二日ころ、制作依頼の書面が送付され、同年四月には、被控訴人と指名コンペの各参加者との間でシンボルマーク制作に関する契約書が締結された。

(二)  吉田は、大阪美術学校を卒業後、デザイナー、アートディレクターを経て「フリーランス・イラストレーター・カツ」と名乗るイラストレーターである。

吉田は、昭和六〇年二月末ころ、被控訴人のフジサンケイグループ会議事務局メンバーの一人である石田泰樹からシンボルマーク制作の依頼を受け、人に強い印象を与えるものとして、人間の目を描くことを決めた。吉田は、同年三月初めころ、黒のリキテックスを、鉛のチューブから直接スケッチブックに押し付け、大きな目玉を一気に描いた。吉田は、その後、締切りまで多数の目を描いてみたが、最初に描いた目玉が一番いいとして、同年四月上旬、これを石田に渡し、プレゼンテーション用の印刷や立体化した像の制作依頼した。

(三)  同年五月二日、被控訴人のスタジオで、鹿内副社長、松本局長以下の委員会メンバー、製作者等の参加のもとでプレゼンテーションが行われ、シンボルマークには吉田の目玉マークが採用されることに決定した。

その後、シンボルマークは使用サイズや文字のレイアウトとの組合せにより線を太くしたものが必要であるため、吉田自身が線を太くして、本件著作物を完成したものである。

本件著作物は、同年七月一五日のグループの全体会議の会場で、グループ社員に初めて無名で公表された。

2  控訴人は、控訴人著作物を創作したのは控訴人である旨主張し、《証拠略》中には、<1>控訴人は、昭和六〇年三月二〇日ころの正午から午後三時の間に、埼玉県内で放映されたテレビ番組でフジサンケイグループのシンボルマークの募集を知った旨、<2>控訴人は、控訴人著作物の全体の構図を考え、控訴人著作物の外周の円及び上部の三本の線を、控訴人の子である黒須和也(当時三歳六か月)に丸定規を参考にさせながら葉書に黒マジックで描かせ、中心部の円を控訴人自身が赤で塗って完成させ、右葉書をサンケイリビング新聞社宛送付して、応募したものである旨の部分がある。

(一)  しかしながら、前記<1>の陳述部分は、前記1に掲記の各証拠に照らし採用できない。さらに、控訴人は、乙第一、第二号証には本件著作物が公募されたものであることを推測させる記述すらあると主張するが、乙第一、第二号証を検討しても、その中に控訴人主張の公募の点を推測させる記述を見いだすことはできないから、この点の控訴人の主張も採用できない。

(二)  前記<2>の陳述部分についても、控訴人が控訴人著作物の創作の契機として主張するフジサンケイグループのシンボルマークの募集があったこと自体認められないことは前記(一)に説示のとおりである上、後記3説示のとおり、本件著作物と控訴人著作物とが互いに極めてよく似かよっていることによれば、両者がそれぞれ無関係に制作されたとは解し難いところ、吉田については、前記1に説示のとおり、その制作過程を裏付ける証拠が提出されているのに、控訴人については、控訴人著作物を制作したことをうかがわせる証拠の提出がないことに照らすと、前記<2>の陳述部分は採用できないといわなければならない。

(三)  なお、《証拠略》によれば、本件実名登録をするために作成された著作物(控訴人著作物)は、平成六年に、産業経済新聞社が使用していた控訴人著作物とほぼ同一のマークを見て書かれたものであることが認められる。そして、控訴人が昭和六〇年三月ころ、本件著作物に依拠することなく控訴人著作物を創作したとは認められないことは、前記(一)、(二)に説示のとおりである。

3  そして、前記認定の本件著作物の態様によれば、本件著作物は、マジックインキ様のものでフリー・ハンドで描かれた目の輪郭線の太さ・形状、睫毛の本数・形状、瞳の大きさ・形状等に個性的な特徴があると認められるところ、前記認定の控訴人著作物の態様によれば、控訴人著作物は、本件著作物の有する個性的な特徴をすべて有していることが認められ、中心の円の色が赤と変わったことも、本件著作物との同一性を変ずるものではないと認められる。

4  以上によれば、控訴人著作物は、本件著作物とは中心部の円の色が赤か黒かの違いがあるが、著作物としての同一性を変ずるものではないところ、本件著作物は、吉田が創作したものであるが、控訴人が昭和六〇年三月ころ控訴人著作物を創作したと認めることはできず、本件実名登録のために平成六年に制作された控訴人著作物は、本件著作物に依拠して、これを複製したものと認めるべきである。

二  請求原因2ないし4の事実について

1  《証拠略》によれば、請求原因2の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

2  《証拠略》によれば、請求原因3(一)の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

3  《証拠略》によれば、請求原因3(二)の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

4  請求原因3(三)、4の事実は当事者間に争いがない。

三  請求原因6について

1  請求原因6のうち、被控訴人が本件著作物をフジサンケイグループのシンボルマークとして使用していること、控訴人が自己が控訴人著作物の著作権者であるとして内容証明を送付したり、調停で金銭の請求をするなどの行為をしたことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、実名の登録の制度は、著作者に無名、変名で著作物を公表する人格的利益を確保しつつ、当該著作物について法律上実名の著作物と同様に取り扱うためのものであり、実名の登録をすることができるのは、無名又は変名で公表された著作物の著作者であるから、無名又は変名で公表された著作物について著作者でない者のために実名の登録がされている場合、真の著作者は、その著作者としての人格権に基づき、真実に反する実名の登録の抹消を請求することができるものである。

そして、無名又は変名で公表された著作物の著作権者も、不実の実名登録の抹消登録手続を求めることができると解される。すなわち、実名登録がされると、著作権法一一八条一項本文の規定により無名又は変名の著作物の発行者に認められる著作者又は著作権者のために自己の名をもってその権利を行使することが、同項ただし書の規定により許されなくなり、著作権法七五条三項の規定により、実名登録がされている者が著作者と推定されるから、当該著作物の著作権者は、実名登録の存在により、発行者名義による差止め等の権利行使に当たり、それが許されるかどうかの点が問題とされ、自己名義による実名登録者及び第三者に対する権利行使並びに実名登録者からの権利行使においても、自己に著作権が帰属すること又は実名登録者に著作権が帰属しないことの立証につきより重い負担を負うことになるなど、円満な著作権行使を法律上、事実上制約されることになる。したがって、著作権者は、その有する著作物について、真実の著作者以外の第三者がその者を著作者とする実名登録をした場合には、その第三者に対して、当該実名登録の抹消登録手続を求めることができ、この理は、実名登録された著作物が真実の著作権者の著作物とすべて同一ではないが、その複製権(著作権法二一条)を侵害する関係にある場合においても、同様であるというべきである。

これに反する控訴人の主張は採用できない。

3  これを本件についてみると、前記一に説示したとおり、控訴人著作物は中心部の円の色が赤であるが、本件著作物との同一性を変ずるものではなく、控訴人著作物は、吉田が著作した本件著作物に依拠し、これを複製した関係にあるものであるから、本件著作物の著作権者である被控訴人は、控訴人に対し、本件実名登録の抹消登録手続を求めることができるものである。

四  結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎 浩一 裁判官 市川正巳)

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